《小説》酔いどれスイーツ三銃士の冒険


 カニ食べ放題の法則という法則がある。それは、カニが大好きな人がカニ食べ放題に行った時。ある一定量以上のカニを摂取すると、満足感がどんどん下がって行く、というような法則である。タイの国王プミポンは、「足るを知る」経済を主張し、あまりに経済成長を求め過ぎていた当時のタイ王国を暗に批判した。しかし食べ物においては、そう、人は元から足るを知るようにできているのである。

 

 そこはタバコの煙が充満した部屋。丸テーブルにはトランプが並べられ、三人の男が席についている。手元には五枚のカードと、ビール缶、そしてタバコ。明らかに健康に悪そうなテーブルである。長い沈黙を経て、一人の男が口を開いた。

「わかった。コールだ」

 彼の名前は、仮にSとしておこう。生やしっぱなしの髭に、薄汚れたシャツ、ぼさぼさの髪は、彼の生活環境を物語っている。彼は自称ライターで、実のところは無職である。原稿を書いて入るが、たいていはボツ。本人曰く、「願い下げ」だ。まあ、このようなくくり方が許されるとするならば、「駄目男」である。

「俺はおりるぞ」

ともう一人の男が口を開く。この男は、T。とにかくガタイがいい。筋骨隆々、目つきも鋭く、S 同様に無精髭を生やしてはいるが、様になっている。丸首のシャツに革ジャンで、髪の毛はワックスで固めている。このような見た目だが、彼は人一倍、気が弱い。詐欺師に詰め寄られれば、瞬時に払う。外国でもタクシー運転手の言い値を払う。そして、彼の職業は都庁の公務員。まじめで、気が小さい、いいやつだ。見た目以外は。

「だからお前は駄目なんだ。うし、じゃあ、一勝負いくぞ、S

そういったのは、Uである。ひょろっとしていて、顔は真っ青で、唇も青い、まるで病人のような見た目の彼は、Tとは逆に気が強い。値切れるところからはがんがん値切る。それでいて気前がいいので、貯蓄がほぼない。宵越しの金は持たねえ、それがモットーの江戸っ子と、どんなとこでも値切ってみせる大阪人とのハーフである。彼にもう一つ問題があるとすると、体が非常に弱いので、強烈な太陽光を浴びるとすぐに倒れるところだ。その分、夜は元気である。職業はバンカー。収入はいいが、収入=支出の男である。

「モッ、ハイ、バー! ディーッ!」とSUは声を揃え、カードをテーブルに叩き付けた。Sはキングのスリーカード。Uはクイーンのスリーカード。

「おい待てよ、どっちの方が強いんだっけ?」とUは悩んだような顔で言った。Sは首を傾げ、こう言った。

「これは、世界で最も平等な方法に頼るしかねえな」

 かくして、ポーカーのルールを確認することもなく、二人はじゃんけんを始めた。天は弱きものを助く。Uが勝利した。後々、ルールブックでキングの方が強いと知ったSは大いに嘆くこととなる。

「くそ!」Sはそういうと、テーブルの真ん中にあった袋を一つ椅子の下においた。

 読者の皆さんはおそらく疑問に思うだろう。普通、ポーカーなどのかけでは、負けた方が何かをぶんどられる。それが人間界、いや自然界のルールだ。だがこの勝負では、負けた方が袋を手に入れている。そう、これは明らかに自然法則に逆行しているのである。これには深いわけがあるのだ。その話に、しばし、お付き合いいただきたい。

 

1

 この男たちは、大学で知り合った。正直本人たちすら覚えていないサークルの悪友だ。講義がある時は一緒にさぼり、サークルがある時も一緒にさぼったものだった。酒を飲みながら漠然とした将来を語り合い、先生の物まねをし、それでいて単位を落とすことはほとんどない。歌を歌い、旅行に出かけた。そんな青春時代だった。そうそう、あといかつい三人でよくスイーツも食べていた。三人とも、甘いものには目がなかったのである。

 そして、それから数十年経った今も、この愛すべき男たちの悪友っぷりは変わらなかった。一人は無職、一人は公務員、一人は銀行員、という一人以外は明らかに「勝ち組」となってもなお、三人は集まって馬鹿なことをしていた。とはいっても、無職のSは金が本当にないし、公務員のTはそんなに金がないので、「馬鹿なこと」にかかる費用、通称「馬鹿税」はすべてU持ちである。彼は嫌な顔せず、気前良く払い、そして貯蓄はすぐになくなった。それが日常茶飯事だった。

 三人にとって最も大事なことは、うまい料理とうまい酒だった。それだけあれば困りはしない。だが、そんな彼らのささやかな幸せを妨げるものがあった。それは資本主義の壁である。要するに、金がやはりない。Uは気前がよく払ってくれるが、あまりに気前がよいので、給料日のすぐ後以外は金がなくなる。彼らにとって永遠の懸念材料は金だった。

 

 かくして、某月某日、三頭会議が招集された。議場はファミレス。この秘密会議の議題はズバリ、「いかにして俺たちは金を使わずにうまい料理とうまい酒にありつけるのか」。この崇高かつ、反資本主義的問題を最も民主的な方法によって解決しよう、という高度に政治的な会議である。言い換えるならば、しょうもない三人のしょうもないダベりだ。

「同志諸君」とUが言った。

「なんだい、同志U」とSが言う。

「今回の議題「俺たちはいかにして金を使わずにうまい料理とうまい酒にありつけるか」は重要な議題である。それはこの会議ができてからずっと懸案事項だった。会議創設から一五年、この第百七十八回三頭会議に至るまで明確な答えが出されていない。これは問題だ。今回こそこの問題にけりを付けようじゃないか」Uは巧みな弁舌を述べて、ドリンクバーのカルピスとメロンソーダを独特の配合で混ぜたものを呑んだ。その方がリッチな味わいらしい。

「同志U、一つ提案がある」そう口火を切ったのはガタイのいいTだった。

「なんだい、同志Tよ」

「今まで俺たちは安い店を求めて旅をしてきた。もちろん、安い店はあったが、どこもまずい。それは俺たちの本義に反する。そこで、だ。どうだろう? 自給自足するってのは」Tは演説した。途中ウェイトレスがUのためにパフェをもってきて、Tの演説調に明らかに引いている顔を見せた。だが、この男たちにはそんなことは関係なかった。

「まてまて、同志T。自給自足? そんなものは俺たちの路線に反する」とSは言った。もっともな意見だった。そして、自堕落な意見だった。

「確かにその通りだな」とTはなぜか納得し、ウーロン茶を飲んだ。相変わらず薄かった。

「同志諸君、俺からも提案がある」とSは言う。TUはグラスをおいた。「ヴェトナムに進出しようじゃないか」

「ヴェトナム!? 何でまた」とTは尋ねた。いや、尋ねたというより、不満を述べた。臆病な彼は、東南アジアなんて所にはいきたくなかったのだ。

「ヴェトナムはだな、物価が安くて、料理がうまいことで有名なんだ。酒だってある。お前ら、ラーメン一杯にいくらかけてる?」

「七百円だな、だいたい」とUは言った。

「ヴェトナムでフォーを食べるとな、二百円だ。百円のところだってある」

「なんだって!?」と一同(=二人)。場(=二人)はざわついていた。Sの演説は功を奏していた。

「そしてミスター女たらし、Uに一つ付け加えよう。ヴェトナムは美人大国だ」これは殺しの一言だった。Uはにんまり笑った。ついでにTもにんまり笑った。

「ヒヤヒヤヒヤヒヤ。ヴェトナム、ヒヤヒヤ」とUは言った。ヒヤヒヤとは英国議会で賛同の意を表す言葉だ。この微妙なタイミングで謎の教養を出してゆくのがこの男たちのやり方だった。

「まて、諸君(=二人)」とTは言った。「忘れてるぜ、旅費がかかる」

 

 場の空気は変わった。失望の空気とともに、Sはジンジャーエールとメロンソーダのカクテルをすすった。はじめて呑むが、おいしくはなかった。すすり終えて、Sは口を開いた。

「そうか、そうだな……」

 しばらく沈黙があった。それから、Uのまるでムスカ大佐のような高笑いが始まった。他の二人もなぜか貰い笑いをした。ウェイトレスは怪訝そうな顔でこちらを見ていた。マジで通報する五秒前である。

「諸君、忘れたか。後二日で俺の給料日だ」

 かくしてこの三人の男はヴェトナムへと旅立つことになった。そして、Uの貯蓄はまたもなくなったわけである。

 

2

 三人の男はLCC(ロー・コスト・キャリア)でヴェトナムはホーチミンへと向かった。実を言えば、その一言ではこの旅路は語れない。Sは電車の乗り換えを間違え、飛行場までの電車に乗れないとこだったし、Uはその日が天気がよかったため、太陽を浴びて倒れかけた。Tは何もなかったが、キャビンアテンダントのお姉さんが気になって気になって仕方がなかった。

 そんなこんなで、ホーチミンのタンソニャット国際空港へたどり着いた三人の「豪傑」だったが、まずいきなり両替で問題が発生した。高額紙幣である100000ドン札と200000ドン札しか貰えなかったのである。ひとえに、ヴェトナム政府の定めたこのゼロの多さのせいであった。それが高額紙幣だということにも気づかない三人は、とにかく空港を出て、灼熱の外へと出た。

 外は灼熱だった。三十度は軽く超えているだろう。太陽の光は激しく輝き、湿気もムンムンしている。そして、タクシーにボラれた。60000ドンといわれ、100000ドンの緑色の紙幣をペラッと渡したわけだが、おつり分40000ドンが帰ってこないのである。抗議しようとするUだったが、Tは疲れすぎていたため、「もういいよ」と先におりる。仕方なくみんなおりたという次第だ。ひとえに、ヴェトナム政府の定めたゼロの多さのせいだった。損害40000ドン。要するに240円である。この後、Sはバスで市内に入れば10000ドン、即ち60円だったという驚愕の事実に衝撃を受けることとなるが、それはまだ後のことである。

 

 ホーチミンシティは、喧噪の町だった。バイクが川のように流れ、クラクションがなりひびく。ヴェトナム人は意味もないのにクラクションをならす。大した哲学的素養のない人物でも、かの地ではこんな本質的な問いをたてざるを得まい。「クラクションとはなにか?」

 ホーチミンシティの夜は、ディスコミュージックがあふれる。そしてホーチミンシティの朝はクラクションがあふれる。ホーチミンシティの昼もクラクションがあふれる。静けさとは無縁の世界である。

 到着した後は、三人の男は何もしなかった。ただ、めいめい、部屋のトイレの場所や、ロビーのトイレの場所や、廊下のトイレの場所や、トイレのある公園の場所などなど、とにかく多様なことを調べ上げていた。それからそれぞれが別々に散歩に行ったり、コンビニに言ってみたり、酒を買ったり、アルコールを買ったり、飲むと酔っぱらう飲み物を買ったり、夕食を食べに行ったりした。物価の安さは情報の通りである。言葉は三人とも全くわからなかったが、店に入ると、たいてい「ヌードル?」といわれ、「おうよ」という風にうなずいて、プラスチック製の赤い風呂の椅子ににた椅子に腰掛ければ、ヌードルが出てきて、相場は30000ドン=二百円ほどだった。酒はそこまで安くはならなかったが、大して痛手にはならない。三人は部屋に戻ってビールで祝杯をあげた。

「ヴェトナムに乾杯! 俺たちに乾杯! 俺たちの未来に乾杯! 安い物価に乾杯! そしてなによりも、俺たちの瞳に乾杯!」

 

 次の日は三人で連れ立って、まずはスタートした。「バイン・ミー」という、ドトールのミラノサンドににた形のものを朝食とした。パンがなかなかのできばえだった。

 それからは自由行動が始まる。

 三人でいくが、現地ではバラバラに行動し、夕食は一緒になって、その日の体験や馬鹿話を語り合う。それが彼らのやり方だった。だから、いくらTが不安げな顔をしようとも、三人はバラバラに行動するのである。三人の男は真逆の方向へと進み、冒険はかくして始まった。それが、どんな結末を生むのかも知らずに……。

 

3

 各人、ホーチミンの街を灼熱の中歩き回り、ホテルに生還した頃には夜の十九時になっていた。固い絆で結ばれた三人は、それぞれがそれぞれへの贈り物をもっていた。といっても金があるわけではないので、夕食を経て、ホテルに帰ってから、酒でも呑みながら食おうというものであった。それぞれは、その手みやげを部屋の隅にポソッと置き、三人仲良くそろって夕食へと出かけた。

 ホテルのそばの屋台に入り、イカと春巻きとビールを三人は注文した。

 

「諸君、報告会だ」とSが言った。そしてビールを呑んだ。「333」という銘柄で、ヴェトナムに来てからよく見る銘柄だ。三人はこれを「スリースリー」と、銀河鉄道のような呼び方をしていたが、実際の呼び名は「バーバーバー」という「スリースリー」よりも数倍(ギャグ)センスのいい代物である。薄いビールで、それに氷を入れてさらに薄くするのがヴェトナム流だ。

「その前に乾杯だろ」とUは言って、ビールジョッキ(中身は薄い)をプラスチック製の青いテーブルの上に掲げた。

「うし!」と三人は口を揃え、「ヴェトナムに乾杯、俺たちに乾杯、俺たちの未来に乾杯、あとなにか忘れちまったけどあれに乾杯、それから俺たちの瞳に乾杯!」と、ジョッキ(中身は薄い)をぶつけ合った。とはいえ、ジョッキもテーブルとイス同様にプラスチック製なので、大した音はならない。鈍い「コン」という音がなるだけだ。

 

「俺は教会のあたりにいったよ」とTが口を開いた。

「おまえが……教会に?」とSが煽った。

「悪いかよ」とT。あながち嫌そうではない。

「悪かないけど、お前は悪そうに見えるぜ」とUが煽る。確かにTはがたいがよくて、髪の毛をワックスで固めていて、黒いTシャツを着ている。そして無精髭である。

「話……続けていいか?」とT。あながち嫌そうではない。

「どうぞどうぞ」と一同(=二人)。

「教会の前にでかい建物があってさ、中に人がすげえたくさんいるんだ。でかいホーチミンの写真が掲げてあって、地図みたいなのがたくさん張ってあった。ありゃなんなんだろう、と思ったら、ポストオフィスって書いてあるんだよ。俺んちの近くの郵便局とは全然違ったぜ」とTが言った。

「カノジョになにか送ったか?」とUは聞いた。ちなみに、Tにはカノジョがいない。

「ああ、送ったさ。あいつ喜んでるかな……えーっと、ボケはこれでいいか?」とT

「だいたい満足だ」とS

「でさあ、しばらくそこにいて、それから出たんだけど、太陽がすごくて、まぶしくて思わずサングラスを買ってしまったよ」Tはそういうと、カバンからサングラスを取り出してかけてみせた。いかつさそのものである。

「うん、わかった。おまえはサングラスを買うな」とSが言う。

「こう言うのもありだろ?」とTは平然と言った。

「うーんそうだな、似合って入るんだ。そういうやつを俺はビートたけしの映画で見たことがあるし」とUが言った。

「とにかく、それから俺は教会の方に向かった。その時に見たやつがすげえんだ。聞いてくれよ」とTは話を転換させた。サングラスもきっちりと外した。

「嫌だ」とSUが口を揃えて言う。お決まりの流れだ。

「それでな」とTは強引に通した。「パンを売ってるやつがいたんだけどな……そいつが大量のパンを頭に載せてんだ。積み上がってる、つっても過言じゃねえ」

「それはすごいな……」

「だろ? で、俺は教会に行くことにしたんだけど……」

「まだ行ってなかったのかよ」とUがすぐさま突っ込んだ。

「そうだよ。それでね、教会に行こうとしたんだが、目の前には道路がある。日本じゃ大したことないが、この国じゃあ、道路をわたろうとしてもわたれねえ。なんせバイクが怒濤のように走ってやがる。それで教会に行くのはやめた」

「やめたのか!」とSUが反応した。長い付き合いだから、二人ともTが教会に言っていないことくらいはなんとなくわかっていた。こいつはヴェトナムの道路をわたるというリスクをとることのできるやつじゃない。

「で、疲れたから、カフェに入って、アイスコーヒーを頼んだら、ドロドロの甘いやつが出てきたわけだ。その後何件かカフェに行ったけど、どこでも出てきたんだよな」とTは言った。

「それなら俺の行ったところでも出てきたよ」とUが言った。

「やっぱりか。俺のところでも出た」とS。後にわかるが、これがヴェトナムコーヒーというやつだった。

「その後はフルーツスタンドみたいなところで面白いフルーツを食って、それがうまかったから、路上でそれを売ってたおばちゃんからお前らにも買ってきたぜ。200000ドンらしい」

「おお、それはいいな。後で酒と一緒に呑もう」とU

「呑もうじゃなくて、食おう、だな」とS

 

「俺はよくわからない市場に行った」とSが言った。

「お前が……市場に?」とTが煽った。

「まてまて、その突っ込みはわけが分からないぞ?」とS

「うん、雑だったな」とU

「お呼びでない? お呼びでない? こりゃまた失礼しま……」

「でさあ」とSTの渾身のぼけに食い込む形で話を始めた。「テキトーに歩いてたら、その市場についたんだが、そこはもう本当に現地人しかいなくてさ、すげえんだよ」

「自称ライターならもう少しましな感想いえよ」とT

「……なんもいえねえ」とSは言った。そしてビールを呑んだ。そしてイカをちぎって食った。

「気まずくなったからってイカ食ってんじゃねえよ」とUが言った。

「すまんすまん、これは全部イカが悪いんだ」とSはイカを食べながら言った。

「おい、それ以上言ったら俺が「イカの無罪をはらす会」を立ち上げて、お前を検察審査……く……会にかけるぞ」とTが言った。

「いいセンいってるんだが、ボケの最中にカむなよ」とSが指摘する。三人は爆笑し、イカを食らった。ついでにエビがそのまま春巻きにされた料理を食った。

「うまいな、これ」と三人は声を合わせた。声ってあうものなのか、と思うだろうが、あうものなのである。Sは話をし始めた。

「昨日も俺は市場にいったんだけどな、あそこはちょっと観光客向けだった。Tシャツを売りつけようとする人とか、コーヒー豆売ってる人とかがいっぱいいてさ。でも今日いったところはそれがない。ヴェトナム人のヴェトナム人によるヴェトナム人のための市場だ。真ん中ではおばちゃんが肉を切ってる。肉に混じって赤い塊がおいてあったから、何なのか聞きたかったけど、言葉わかんねえし、買うわけでもないから気まずくて聞かなかった」

「いや、聞けよ」と弱気のTが言った。

「お前が言うなよ」と強気のUが言った。

「……いいか? でね、ヴェトナム人だらけの市場を歩いていたら、果物売り場があったんだ。路上にいろいろな果物をおいて叩き売りしてる。その中に不思議な形の果物があってな。買ってみたらなかなかうまい。清涼感が半端ない。20000ドンしか出してないのに、買いすぎちまったから、後でみんなで食べようぜ」Sはそういうと、春巻きを食べた。そしてビールを飲んだ。

 

「俺はカフェに入ったぜ」とUが言った。そしてもちろん、想定内の事態が起こる。

「お前が……カフェに?」とSが言った。

「悪いかよ。言っとくが、このヴェトナム、いや、地球、いや太陽系、いやこの宇宙で俺は最もカフェが似合……」

「話を続けてくれるかな」とTが遮る。

「はーい。じゃあ続けるよ。俺はどこかに言ってみようと思って外に出たんだけどな、日差しが強くてすぐにくらくらしたんだ。だから入り口からミストが出ているカフェに入った。そこで俺はTも飲んだって言うドロドロのあまりコーヒーを小一時間の飲んだ後、俺は外に出たわけだが、やっぱりくらくらしたから、でかい屋内市場に入った。で、そこでいろいろ見て、面白い実を値切りまくって10000ドンで買ったんだ。まだ食ってないけど、多分うまいぜ。後で食べよう。」とUは言った。

「おいおいおい、今日半日かかってそれしかしてねえのかよ」とSが唖然とした顔でたずねた。

「そうだよ? ああ、実を言うと途中で記憶がないんだな」とUはさも当然のことかのように言った。

「どういうことだ?」と一同(=二人)。

「要するにな、太陽を浴びすぎて気持ち悪くなってカフェに入った後、記憶が飛んでる。だからさっき一時間って言ったけど、多分もっといたんだろう」

「まじかよ!」

「でもその後フルーツを買って、ちょっとした「お店」にいったら元気になったんだ……」とUは今まで秘匿していた情報を開示したが、正直誰も興味がなかったし、筆者としてもこれを公開するわけにはいかないので、この辺りで終わりにしたいと思う。

 

 かくして、イカとエビを交えての晩餐会が終了した。イカは無残にも引きちぎられ、エビは残酷にも尻尾だけ残して後の部分は全て喰われてしまった。三人ともその美味さに満足し、やはりヴェトナムに来て良かったんだ、と思いながら席を立った。一人20000ドン。分かりやすく言うならば1ドルほど、もっとわかりやすく言うなら、120円である。これなら、無職も、公務員も、給料日当日に金が消える銀行マンも、なんの苦しみもなく美味い料理を堪能できる。ビールは薄いが、生暖かい風に吹かれて、彼らは最上の時を過ごした。それが最後の最上の時だとも知らずに。

 

4

 三人はコンビニ(サークルK)に入り、それぞれビールやらカクテルやらを買った。そしてアーモンドを買った。それは恒例の行為だった。男たちの夜はまだ終わらない。眠いとか、そういった欲望には彼らは屈しない。イマヌエル・カントという哲学者は、義務に従うことを道徳とした。その義務は、理性の声によるものらしい。だから三人は、次のような理性の声に従ったわけだ。「酒を飲むべし」

 

 かくして酒を手にした三人は、一泊2千円の居城へと帰宅した。酒を並べ、アーモンドの袋をボンと真ん中に置く。三人は一人ずつシャワーを浴びる。さっぱりしたところで、「シンポジウム(=ともに酒を飲むこと)」が始まるのである。

 さて、忘れてはならないことがある。それは、贈り物の交換だ。この夜のために、この日はみんなそれぞれ果物を買ってきた。甘いものを食べながらビールを飲む。彼らにとってはそれは最高の時間だった(筆者は賛成できない)。

 

「諸君、では俺たちの買ってきたものをみせあおうじゃねえか」とUが音頭をとった。

「ヒヤヒヤヒヤ」

「じゃあ、まずは俺から。名前はわからねえが、赤くてチクチクした甘い果物だ」とSが袋の中にいっぱいに入った果物を一同(=二人)に披露した。大きさはピンポン球程度、見事なほどに真っ赤で、棘のようなものが無数に生えている。それを見たとき、TUの表情が凍りついた。

「そういう反応をするのも無理はねえ」とSは言った。「食べ方がわからないんだろう? 俺にもわからなかったんだ。市場のおばちゃん曰く、この実に爪を立てて、グッと押す。そうするとこのチクチクした皮がいとも簡単に破ける。後はむいていくだけ。そうするとほら」とSは赤い実をむいて見せた。中からは輝かんばかりの半透明の実が登場した。「うまそうな中身が出てくるってわけ」しかし、二人の反応は芳しくなかった。

「ああ、知ってるよ」

「俺も知ってる」

と二人は言った。Sは直感的に何かおかしいことが起きていることに感づいた。TUはそれぞれ自分の横にあった袋を出して、中身を見せた。

 

 仲がいいということは、ときに悪いこともある。好みが似てきて、不都合な一致が起きてしまうことがあるのだ。無二の親友を英語ではアルターエゴ、つまりもう一人の自分というが、行動様式が似てくるのはまさにアルターエゴなのである。

 そう、要するに三人とも同じ実を買っていたのである。三つの袋に、あふれんばかりの赤くてチクチクした甘い実。しかも三人の袋は薬局でもらうようなやつではなく、スーパーでもらうようなものだった。容量が違う。確実に、これを食べきるには強靭な胃袋が必要だ。ところが、だ。男たちはイカとエビという強敵を倒した後。イカにすればよいのだろう。そして、ついでに言えば、Sはこれを20000ドン、U10000ドン、T200000ドンで買ったという事実は、Tにとってなかなかの衝撃でもある。

 とにかく、議論が始まったのだが、最終的な結論は、「なんとかなるだろう」だった。

 

 問題を先送りにしたまま、飲み会が始まる。三人は若い頃に戻ったかのように、将来のこと、見果てぬ夢、そして新しい恋とその終わりについて話し合った。いつにない真剣な顔で話し、ビールをグビッと飲み(このビールは別の銘柄のもう少し濃いやつだ)、それから、例の赤いチクチクした甘い実をむいて食べた。むいて食べ、酒を飲み、将来を語り、むいて食べ、酒を飲み、夢を語りながら、むいて食べた。

 夢はいつになってもあるものだ。人はいい意味でよく深い。いくらたっても夢は尽きない。無職の男はヨットでの世界一周を夢見、公務員は喫茶店の経営を夢見、銀行マンは42代目の現彼女との結婚を夢見た。それぞれ励ましあい、称え合い、ときに茶化しあって、見果てぬ夢を話した。

 そして果てないものがもう一つあった。赤い果物である。いつになっても衰えることなく尽きることのない夢のごとく、赤い果物は、どんなに実のある話が過ぎていっても、どんなにくだらない話が続いても、絶えることがなかった。夢ならいいが、食べ物では迷惑だ。確かにこの実はうまかった。甘くてスッキリしていて、うまかった。だがそれがこうも続くとうんざりしてくる。口の中にキュッキュッとしてきて、あの甘さと香りがハナにつくようになる。

 

「なあ、これ食い終わらないぜ? 誓ってもいい。もし仮に今すぐにギャル曾根とイシちゃんを召喚したとしても五年はかかるぜ?」とSが耐えきれなくなっていった。

「そうだな……これは誤算だった」とTは見るからにうんざりした顔で言った。夢の話をしていたときとは真逆の顔である。

「でもどうするんだ? 捨てるのはもったいないぜ」とU

「いや、捨てようぜ。無理するのは良くない」とT

「待て待て、ここで諦めるのは男がすなる」とS。正しくは、男がすたる、である。

「じゃあわかった。こうなったら、責任をとって、勝負に負けたやつが全部食うことにしよう」とU。誰も断れる雰囲気ではなかった。これこそ、深夜11時あたりから深夜2時あたりまで続く、人間の神との合一である。それを人は、「深夜テンション」という。

 

 そして話は冒頭に戻るのだ。

 彼らの勝負とは、ルールもろくに分かっていないポーカー。ありえない量の実を幾つかに分け、それをかけて、負けたやつがそれを引き受ける。

 結論から言うと、この勝負はしっちゃかめっちゃかになった。正直言って、実をたくさん得たところで、食べ終わることができるわけではない。何の解決にもならない。この危険な勝負は、その非常に理性的な判断が全員の心の中でなされたことにより、終了した。結果は、それぞれが同じくらいの量の袋を手にする形で終わった。

 

5

 協議の結果、三人の男は誰かにこの果物を押し付けようという考えに至った。だが時間はもう12時を回っている。ヴェトナム人はただでさえ、夜は早く寝て、朝は早く起きる。誰がもらうというのだろうか。

 そういうわけで、女性への博愛精神溢れるUの発案でフロントのお姉さんにあげることになった。隠して三人はオンボロのエレベーターに乗り込み、フロントへと降り立った。しかしお姉さんはいなかった。かわりにいたのはお兄さんだった。まあこの際何でもいい。とにかく押し付けたい。三人の男は袋をテーブルに置き、「プレゼント」と言った。

 さて、当然のことだが怪しいものだと思われた。フロントのお兄さんは首を横に振る。仕方ないのでUが赤い実を出して、「これは果物だぞ? クスリじゃねえ」というジェスチャーをする。だが、何となく納得してもらえない。困り果てていると、背後からTの背中に肩を載せるものがいた。Tは飛び上がるほど驚いて後ろを振り向くと、真っ黒な顔にちょび髭の小柄なヴェトナム人のおっさんが立っていた。

「やべえ、俺たち捕まる」とTはとっさに言った。正直その発言の信憑性は高かったので、三人ともビクついていた。

「ヘイ、ユー・プレゼント・ミー、オケオケ?」とおっさんは言った。

「このおっさん、絶対この果物のことをヤクだと思ってるぜ?」とSが早とちり。だが、その早とちりは信憑性が高かったので、三人ともしどろもどろになった。

「ディス・フルーツ、フルーツ、スイート」とUが拙すぎること長嶋茂雄の如しの英語で説明した。

「アイノウ。グッドグッド」とおっさんは言った。

 とにかく三人は袋を明け渡した。やばいものでもないし、無駄になるよりはいい。ビクつきながら三人はレベーターに乗り込み、そそくさと部屋に戻ってカクテルを飲んで寝た。

 

 翌日、例によって朝はバイン・ミー、それから個人行動をして、ホテルに戻ってくると、昨日のおっさんがいた。これには三人とも驚いた。

「きっとこれはヤクじゃなかったから文句を言いに来たに違いない」とSは言った。

「文句を言われるだけじゃ済まないんじゃないか」といつになく真っ青な顔のUが言った。だがその顔の理由は日射病だった。

「……やばい」とTは一言だけ言った。顔は相変わらずいかつかった。

 三人は知らんぷりを決め込もうと考えた。無言、無表情でおっさんのそばを過ぎようとすると、おっさんが満面の笑顔を見せて、

「ヘイ、カムウン」とわけのわからぬことを言った。三人はなおも通り過ぎようとしたが、おっさんがまた同じことを満面の笑顔で言ったので、これはもしや怒っているのではないのかもしれないと気がついた。まさか、笑顔で「おい殺すぞ」とは言うまい。

 

 その後、言語の壁に苛まれながらも、なんとか意思疎通をした結果、一つのことがわかった。それはつまり、そのおっさんは近くの店でコックをしており、今日の分のメニューが思いついていなかった。それでインスピレーションを得るべく、知り合いのホテルのお兄さんのところにやってきたのだが、そこで三人の持っている例の実を見て、ビビッときたわけだ。それはデザートであり、ぜひあんたたちに振る舞いたい、とおっさんが言っている。

 これは罠なのではないか、という疑念が1秒だけよぎったのち、三人はのこのことおっさんの後をついていった。決め手は「フリーフリー、プレゼント」だった。スイーツを無料で食えるなら、背に腹は代えられねえ、というわけだ。

 

 おっさんが勤めているのは、見かけによらずジャズクラブだった。三人は懐事情を気にしつつ席に着き、とりあえずめいめいの好きな酒を頼んだ。一杯だけなら、そんなにはならないはず、と踏んだのだ。日本に比べれば、の話で、ヴェトナム的には高額だったので、三人はやられた、と思ったが。

 しばらくしてクラブが暗転し、ジャズの演奏が始まる。どことなく大御所感のある、ブラザートムににたサックスプレイヤーが怪しげなメロディーを奏でると、いい意味での鳥肌がたった。曲目はレイ・チャールズの「ジョージア・オン・マイ・マインド」だった。全くジョージアではない、東南アジアの地でこの歌を聴くとはいかなる因果なのだろう。優しい旋律が、三人を包んだ。それは三人の男の本心でもあったのかもしれない。

 音楽が流れる中、おっさんの作ったスイーツが登場した。例の果物の姿形はなかったが、それがゼリーになっていた。みずみずしい味だった。まるで、流れ行くジャズの音楽のように。だが、三人ともジャズなんてわからなかった。しかしわからなくても、三人はヴェトナムの味がわかった。それは、出会いの味だった。

 

「楽しかったな」三人のうちの誰ともなくそんな言葉が出た。赤い実の事件から二日ほど経った成田空港でのことだ。買いすぎは良くない、とわかりつつも、例の事件の次の日には早速Sがバナナを買いすぎて満腹になり、その次の日にはTがよくわからないTシャツを買った。そしてUは何度となく倒れた。

「そうだな。楽しかった」と誰かが言った。

 バカをして、夢を語り、またバカをして、ちょっと背伸びした場所に行って(この三人の場合にはそれは偶然だったが)、誰かと出会って、バカをして、酒を飲んで、美味いものを食う。それが男の旅で、男の友情だ。

 三人は、それぞれの家へと帰って行った。

 三人の世界へ、そして一人の世界へ。

 

(作:KEBAB)

パンを頭に乗せる男@ホーチミンシティ
パンを頭に乗せる男@ホーチミンシティ
この物語の影の主役「赤くてチクチクの甘い果物」。本名は「ランブータン」で、ヴェトナム語ではなんと「チョムチョム」。買いすぎたエピソードはKEBABの実話である(画像はWikipediaヴェトナム語版からダウンロード)
この物語の影の主役「赤くてチクチクの甘い果物」。本名は「ランブータン」で、ヴェトナム語ではなんと「チョムチョム」。買いすぎたエピソードはKEBABの実話である(画像はWikipediaヴェトナム語版からダウンロード)