≪写真≫ぎこちなくしなやかな


 この「木々」には隣人がいる。それは丸い支えによって取り囲まれなければ、どこまでも腕を伸ばしていきそうなセルロースでできた木だ。かれは道路にはみだしていかないよう、その成長に制約を受けながらも、懸命に上へ上へと幹を伸ばしている。それに対してこちらの鉄筋で構成された木々は、何にも縛られていない。ただわれわれの理性のみが、その芽吹きと成長が静止していることを懸命に示そうとするのみである。

  近づいてみると、あちこちへと散らばりながら鉄筋が広がっていこうとする様子がよくわかる。ちょうど爆発の瞬間をカメラでとらえたような散らばり方だ。そうするとこれは成長の瞬間を表現しているように思える。しかし、幹はすでにわれわれの背丈を優に超えるような高さをもっているのだ。またしなやかで一直線に土台から伸びる輪郭は、瞬間というにはあまりにもしっかりしている。それはある一つの爆発の終わりをも予見させる。この「木々」の中には、爆発の瞬間と、そしてそれを支える確かな成長の結果が同時に表現されているのだ。
  この作品は全てが鉄筋で構成されているため、時間の経過とともにその表面を錆びが覆っていく。それはあたかも、古木が苔や蔦に包まれていくようである。「木々」は今も雨露にうたれながら「成長」し続けている。
作品:「啓蟄の考」滝川啄史,2004,関口美術館(東京都江戸川区中葛西6-7-1 アルトジャルダン一階)
(文・写真:saboten)