《科学》宇宙がざわつく朝、または百年の宿題 〜重力波、ついに観測さる〜


 それは二月十二日の朝のことだった。

 時計のアラームが鳴ったのは七時半。しかし、これと言って何かがある日でもなかったし、なんだか起き上がる気分ではなかったので、わたしはそのままベッドに寝たきりの状態を保つことにした。どうやら、わたしのベッドの周りの空間の重力が強くなっていたようだ。

 だが、二度寝をするのはしゃくに触る。だからわたしはラジオをつけ、ぼーっとその放送を聞き流していた。ニュースのコーナーが始まって、妙に良い声のナビゲーターがニュースを読み始める。

「重力波の初観測を受けて、昨年ノーベル物理学賞を受賞した梶田さんがコメントを……」

 その言葉の意味を認識するのに、わたしは十数秒を要した。眠かったせいもある。だがそれ以上に、その言葉はわたしにとってあまりに唐突で、あまりに非現実的なことだったのだ。「重力波の初観測」という言葉を頭の中で八十二回は反復したその十数秒の後、わたしは先ほどまでやっていなかったバッとベッドから起き上がるという行動に出た。

「まじで!?」と思わずわたしは独り言を叫んでしまった。

 

 正直、某議員の不倫謝罪記者会見の方が記憶に残っている方の方がマジョリティだろう。しかしその同日に起きたその出来事は確かに物理学界、いや人類の発展に寄与する、大きな突破口を与えるようなことだったのである。

 すべては百年前、1916年にさかのぼる。この年、一人の男が物理学界に革命を起こした。そのユダヤ系ドイツ人の男の名はアルベルト・アインシュタイン。1905年に彗星の如く現れ、現代物理学を作り上げた人である。その彼が再びたった十年で新たなる革命を起こした。

 

 十七世紀にニュートンが万有引力を思いついた時から、物理学者たちは万有引力とは、わかりやすく言えば「スターウォーズ」のフォースの如きものだと考えてきた。つまり、あるところから発せられる遠隔作用の力(遠隔力)だ、と。質量が大きいものの方が大きな力を発することができ、小さいものの方は小さな力しか発することができない。しかし、なぜ質量が大きいものの方が大きい力を発することができるのか、と聞かれれば、当時の物理学者は沈黙するしかなかった。わかり得ぬものについては沈黙するしかない。彼らには質量と万有引力の相関関係がわからなかった。そのくせ、関係あるということは主張していたのである。

 1916年、アインシュタインが行った革命は、バスティーユ監獄の陥落がフランス革命をスタートさせ、一発の弾丸が第一次世界大戦を勃発させたように、この「BSKW」問題、すなわち「万有引力と質量の関係がわかんねェ」問題を解決したことによって始まった、といっても過言ではない。

 アインシュタインは1905年に発表した有名な「特殊相対性理論」の中で、これまた有名な「E=mc2」という式を導出した。これはもちろん、「イイネ、マジ、カンタン」という意味ではない(ちょっと古いか)。これは「質量は莫大なエネルギーに変換できるということを意味している。これが原子力の発明につながるのはもう少し後のことになるが、それはここでは割愛する。この式が物理学に置いて重要だったのは、質量がエネルギーと同等(変換できる、ということは同等でなくてはならない。例えば百円で「いろはす」が買えるのは、百円と「いろはす」が同等だからだ。もし、その辺にたまっている水を百円と交換しようとするとこうやさしく言われるだろう。「バカヤロー」)だということを明らかにしたからである(なぜ「質量は莫大なエネルギーに変換できる」のか、についても説明があるが、ここでは割愛したい)

 そして1916年、アインシュタインはさらに新しい式を導出する。「Rμν-1/2Rgμν=kTμνという見ているだけでめまいがしそうな式だ。これが言わんとしているところは、「エネルギーが大きいと空間が歪んでしまう」。1905年に質量とエネルギーが同等であることがわかっている。だからこう言うこともできる。「質量が大きいと空間が歪んでしまう」。そしてアインシュタインはさらにこう言う。「その空間のゆがみが万有引力の正体だ」。

 かくて万有引力と質量の関係が明らかになった(エネルギーが高いとなぜ空間が歪むのか、ということについても説明がある。しかし、それについて述べていると記事ではなく本になってしまうので、またの機会に、ということで許して欲しい)。そしてこの事はわたしたちの素朴な考え方に大きな革命を起こすのである。

 

 空間が歪む。これはまた非常識なことだ。空間とは、わたしたちが今暮らしているこの世界のことだ。だだっ広い宇宙があり、そこにいくつかの星が動き回っていて、その中にちっぽけな「太陽系第三惑星」またの名を「宇宙船地球号」がある。それが空間だ。その空間自体が歪む。それはいかなることなのか。想像するのは難しいだろう。

 よくある陳腐なたとえでは、空間をゴムシートと考えて、その上にボールをのせたらその周りが歪むことで説明する。重いボール、例えばボウリングのボールをピンと張ったゴムシートの上にのせるとシートのボールの周りの部分はぐにゃっと歪む。ボールは沈み込む。もしそこに軽いボール、例えばピンポン玉を置けば、ゆがみのせいでボウリングボールの方へところころっと転がってゆく。万有引力が空間のゆがみだ、というのはそういうことなのである。だが、万有引力の場合、空間自体が歪むので、天体の周り全体にゆがみが生じる。そして他の天体はそちらに引き寄せられる。

 空間自体が歪むということは、空間はもはや基準にはならないのである。例えば、わたしたちはまっすぐの定規をつかって長さを測るが、空間が歪んでいるということは、まっすぐと思っているものがまっすぐではない可能性もある。例えば、光は真空中を直進する(つまり、光は空気のないところではまっすぐ進んでゆく)、というのは中学で習う知識だが、アインシュタインによれば、大きな質量をもつ物体の周りでは空間自体が曲がるため、光も真空中であっても曲がってしまうと言う。地球からある星を観測しようとしたものの、その星の地球から見て手前にどでかい重い星がある、という状況がある。だが、後ろの星から発せられる光は、地球から見て手前にある星によって空間がゆがめられているために、その手前にある星によって遮られることなく、星の周りをグニャッと迂回して地球まで届くため、地球から後ろ側にある星が観測できるということもあり得るのである。この現象は「重力レンズ効果」と呼ばれ、1919年に早くも確認され、「空間自体が歪む」ということがあり得る、という証拠になった。

 空間が歪む、ということは革命的だった。誰もが空間の存在など意識しないし、空間は曲がらないと思っている。だが空間は現に歪むことがあり、わずかながら、わたしたちの周りでも曲がっているのだ。ちなみに、アインシュタインは空間が曲がるとき、時間にも影響が出ると考えた。つまり、空間が歪んでいる場所、質量の大きい星の周りでは、時間の進み方が遅くなるのである。だから実際には「空間が歪む」ではなく、「時空間が歪む」のであり、宇宙ステーションにいる人よりも、わたしたちの方が時間の進み方が少しだけゆっくりしているということになる。

 これが、「一般相対性理論」と呼ばれている理論だ。

 

 トランポリンで遊んでいたら、隣に巨漢が現れて飛び跳ね始めたために、トランポリンが揺れて弾き飛ばされる。そんな経験をしたことがある人もいるだろう。歪んでいるものが突然元に戻ると、周りに歪みが波のように伝わる。

 もし、巨大な星が突如として消えてしまったら、空間の歪みが波のように周りに広がる。アインシュタインはそんなことを考えた。この波こそが、重力波。一般相対性理論の検証が進む中で唯一百年の間検証されなかったことである。

 100年の宿題。アインシュタイン最後の宿題が、先日212日についに「提出」されたというわけだ。超新星爆発、というKPOPユニット名のような事件が起き、一つの星が消滅したことにのより重力波が発生。それをアメリカのグループが観測した。梶田さん率いる日本の重力波観測装置KAGRAの試験運用の実に1ヶ月前であった。もしあの観測が本当なら、一般相対性理論が本当の意味で完成されることになる。理論と実証の二つが揃って初めて完成というのが物理学の世界の掟だ。

 

 それ以上の意味もある。記者会見で代表者はこういった。「宇宙は目で見るだけでなく、耳で聞くものになったのです(ナショナルジオグラフィック日本語版、2月12日の記事「重力波、世紀の発見をもたらした壮大な物語」より)

 宇宙空間には空気がない。だから音を聞くことはできない。音は空気の振動だからだ。その代わりに空間自体の振動、重力波がある。それは言うなれば宇宙の喧騒。宇宙のざわつきである。宇宙のざわつきに耳をすませることができるようになった。それは一つの大きな意味がある。

 遠い星を眺めることは、遠い昔を見つめることだ。単なるロマンチックな発言ではない。事実なのだ。遠くの星からわたしたちの目に届く光は、時速30万キロメートルでやってくる。その分のタイムラグがある。実は私たちがみている(あまり長い時間見つめると火傷するが)太陽は実は8分前の太陽である。光が地球に来るまでに8分かかるからだ。だからもっと遠くのものは、もっと昔のものなのである。

 しかし、ある時代より昔は光が届かない。宇宙にもやが立ち込めていたのである。だからある一定の距離より先をわたしたちは見ることができないのだ。しかし、重力波なら話が違う。重力波の速さは光と同じだという。それにモヤの影響を受けない。もし重力波によって天体を観測できるようになれば、格段に見える時代と距離が広がるのである。

 

 宇宙のざわつきを聞く。それは本当にできるのか。物理学の世界は今、ざわついている。今後の検証に期待したい。

(記者:KEBAB)